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Anzen Chitai

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概要

安全地帯

概要

安全地帯(あんぜんちたい)は、1973年に北海道旭川市でボーカルの玉置浩二とギタリストの武沢豊を中心に結成された日本のロックバンドです。バンド名は道路交通法の「安全地帯」にちなみます。1982年にシングル「萠黄色のスナップ」でメジャー・デビューし、1983年の「ワインレッドの心」が71.4万枚の大ヒットとなりました。1985年の4thアルバム『安全地帯IV』はオリコン週間・年間ともに1位を獲得し、累計92.9万枚を記録しました。1980年代の日本を代表するロックバンドの一つです。

来歴

アマチュア時代(1973〜1981年)

1973年4月、玉置浩二(ボーカル)、武沢豊(ギター)、武沢俊也(ギター・キーボード)が「インベーダー」を結成しました。フォークグループとして始まり、のちにロック志向から「安全地帯」へ改名しました。同年、玉置の兄・玉置一芳(ドラム)と宮下隆宏(ベース)が加入しました。ヤマハポピュラーソングコンテスト(ポプコン)に連続出場し、1976年の第12回では「昔にみたもの」で北海道代表としてつま恋本選会に出場しました。

1977年に大平市治がドラムで加入し、12月には六土開正(ベース・キーボード)、矢萩渉(ギター)、田中裕二(ドラム)の「六土開正バンド」と合併して8人編成となりました。1978年2月には旭川郊外の廃農家を音楽専用スタジオ「ミュージカル・ファーマーズ・プロダクション(MFP)」に改装し、7月の第1回ステージフライトでグランプリを獲得しました。その後、田中・宮下が脱退し、のちのディレクター金子章平や音楽プロデューサー星勝と出会いました。1981年3月に武沢俊也が脱退し、7月に井上陽水がMFPを訪問したことをきっかけに上京。秋の『'81井上陽水ツアー』でバックバンドを務め、全国23カ所の公演に参加しました。

メジャー・デビューと全盛期(1982〜1988年)

1982年2月25日、シングル「萠黄色のスナップ」でメジャー・デビュー。4月にキティレコードと正式契約し、大平市治の脱退と田中裕二の再加入により、以後の5人体制が確立しました。10月に「オン・マイ・ウェイ」、1983年1月に1stアルバム『安全地帯I Remember to Remember』を発表。同年秋、井上陽水作詞の「ワインレッドの心」がサントリー「赤玉パンチ」のCMソングとなり大ヒットし、1984年にはオリコン1位となりました。

1984年には『安全地帯II』「恋の予感」『安全地帯III〜抱きしめたい』を相次いでヒットさせ、1985年には「熱視線」「悲しみにさよなら」『安全地帯IV』が大ヒット。『ザ・ベストテン』『ザ・トップテン』の年間1位となり、NHK紅白歌合戦に初出場しました。FNS歌謡祭では史上初で唯一の2年連続最優秀歌唱賞を受賞しています。アニメ『めぞん一刻』で使用された「好きさ」も知られています。

1986年8月には神宮球場で初のコンサートを井上陽水と共に開催し、9月に「夏の終りのハーモニー」を発売。12月には全36曲、LP3枚組の『安全地帯V』を発売しました。「ワインレッドの心」などは香港でカバーされヒットしました。1987年には日本武道館で5日間連続の完売公演(動員6万人)を行い、玉置は初のソロシングルとアルバムをリリースしました。

活動休止と再開(1988〜2003年)

1988年秋、香港コロシアムでのコンサートを最後に活動休止。メンバーの個人活動の活発化や音楽性の方向の相違が原因とされます。12月に初のベスト・アルバム『I Love Youからはじめよう -安全地帯BEST-』を発売しました。1990年に活動再開し、7月『安全地帯VII〜夢の都』(収録曲「この道は何処へ」は1991年冬季ユニバーシアードのテーマ曲)、1991年12月『安全地帯VIII〜太陽』を発表。1992年12月のアコースティック・ツアーを最後に実質的な長期休止に入り、1993年2月に「ひとりぼっちのエール」をリリースしました。この頃、所属はキティレコードからSMEへ移りました。

1994年に武沢が脱退を発表しましたが、1998年7月の旭川の野外ライブで約5年ぶりに5人が揃いました。2001年頃から本格的に制作を再開し、2002年7月に9年ぶりのシングル「出逢い」、8月に『安全地帯IX』を発売しました。2003年10月には10thアルバム『安全地帯X〜雨のち晴れ〜』を発売し、Shibuya eggmanでも公演。12月のツアー終了後、再び活動を休止しました。2008年には玉置が長期治療を要する病気を理由に音楽活動からの引退とファンクラブの閉鎖を発表した時期もありました。

完全復活〜現在(2010年〜)

2009年秋から極秘に合宿を行い、2010年1月8日に活動再開を公表しました。3月3日に「蒼いバラ / ワインレッドの心(2010ヴァージョン)」を発売し、オリコン週間9位、1988年の「微笑みに乾杯」以来21年6カ月ぶりのトップ10入りを果たしました。5月26日に約7年ぶりのアルバム『安全地帯XI Starts「また逢えるね…」』、6月30日にヒット曲再録のセルフカバー・アルバム『安全地帯 Hits』を発売し、7月から7年ぶりの全国ツアーを開催しました。その後、2011年9月に『安全地帯XII』、11月に『安全地帯XIII Junk』、2013年3月に『安全地帯XIV The Saltmoderate Show』を発表しました。2010年には初の韓国公演も行われています。

2022年12月17日、ドラムの田中裕二が65歳で逝去しました。2025年3月には、武沢豊が2021年に食道がんと診断され、手術と化学療法を経て寛解していることを明らかにしました。

メンバー

  • 玉置浩二:ボーカル、ギター、パーカッション(1973年〜)
  • 武沢豊:ギター(1973年〜)
  • 矢萩渉:ギター、ベース(1977年〜)
  • 六土開正:ベース、ピアノ、キーボード(1977年〜)
  • 田中裕二:ドラム(1977〜1978年、1982〜2022年)
  • 元メンバー:武沢俊也、宮下隆宏、玉置一芳、大平市治

音楽性

初期はフォークから始まり、レッド・ツェッペリンへの憧れでハードロックへ傾倒。その後、オールマン・ブラザーズ・バンドやレーナード・スキナードなどのサザン・ロック、ドゥービー・ブラザーズやジャクソン・ブラウンを中心としたアメリカン・ロックへと幅を広げました。井上陽水から歌謡曲やポップスにも目を向けるよう促されたことが、叙情的なヒット曲につながりました。ほぼ全曲を玉置浩二が作曲し、作詞は井上陽水や松井五郎らが担当。プロデューサー兼共同編曲者の星勝の指導のもとスタジオで音作りを磨きました。ロックを基盤に、歌謡曲、シティ・ポップ、J-POPの要素を併せ持つバンドです。

動画

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ディスコグラフィー

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ALL TIME BEST「35」 〜35th Anniversary Tour 2017〜 LIVE IN 日本武道館

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安全地帯 IN 甲子園球場「さよならゲーム」

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The Best 3

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安全地帯X IV〜The Saltmoderate Show〜

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The Ballad House〜Just Old Fashioned Love Songs〜

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安全地帯ⅩⅡ(通常盤)

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安全地帯XIII JUNK

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