
概要
矢沢永吉
概要
矢沢永吉(やざわ えいきち)は、1949年9月14日生まれ、広島県広島市仁保(現・南区)出身の日本のロックミュージシャン、俳優です。愛称は「永ちゃん」「ボス」「The King of Rock」。1972年にロックバンド「キャロル」のボーカル兼ベーシストとして世に出て、1975年のソロ転身以降、日本のロックシーンを牽引し続けています。歌手の矢沢洋子は娘です。
オリコンアルバムランキングTOP10入り最多記録(2019年時点で54作)、日本武道館最多公演記録(2023年まで153回)、1970年代から90年代まで3つの年代で連続してスタジオ・アルバム首位を獲得した男性ソロアーティストという記録を持ちます。2019年にはアルバム『いつか、その日が来る日まで…』で70歳にしてオリコン週間アルバムランキング1位を獲得し、最年長1位記録を更新しました。2012年時点で楽曲数約400曲、ライブ総数約1800本、総動員数約600万人を超えています。
経歴
生い立ち〜広島
父は戦前に自転車販売店を営んでいましたが、原爆投下で家族を失い一人生き残りました。戦後に再婚し、永吉が生まれます。母は永吉が3歳の時に家を出て、父は小学2年の時に原爆症で亡くなりました。被爆二世の矢沢は親戚をたらい回しにされた後、祖母に育てられ、極貧の少年時代を過ごしました。いじめも経験し、この体験が「BIGになる」という思いにつながったと語っています。中学時代にラジオでビートルズを聴き、ザ・ベンチャーズの広島公演に触発されてロックに目覚めました。1968年の元日に初のオリジナル曲「アイ・ラヴ・ユー、OK」を作っています。
横浜へ〜キャロル結成(1968〜1975)
1968年、高校卒業と同時にギターと楽譜、アルバイトで貯めた5万円を持って夜行列車で上京しますが、ビートルズの出身地リヴァプールと同じ港町だという理由で横浜駅で途中下車し、横浜で暮らし始めます。さまざまな仕事を転々としながら「ザ・ベース」「イーセット」「ヤマト」とバンド活動を続け、ヤマトには後にNOBODYのメンバーとなる木原敏雄、大森正治も参加しました。東芝EMIやCBS・ソニーへのデモ持ち込みは断られています。
1972年6月、募集チラシでメンバーを集め、ジョニー大倉、内海利勝らとキャロルを結成しました。フジテレビ『リブ・ヤング!』への出演で注目を集め、ミッキー・カーチスのプロデュースにより同年12月20日にデビューシングル「ルイジアンナ」を発売。ミッキーの紹介でユウ岡崎がドラマーとして加入しました。1973年6月25日発売の「ファンキー・モンキー・ベイビー」は日本のロックのスタンダードとなります。革ジャンにリーゼントという出で立ちと初期ロックンロール調の楽曲で人気を博し、後の日本のロックに大きな影響を与えました。1975年4月13日、日比谷野外音楽堂での解散ライブでは、演出の爆竹の火花で舞台が炎上し、「日比谷伝説」として語り継がれています。
1970年代:ソロデビュー
解散が決まるとスタッフを総入れ替えし、1975年5月3日に初の渡米。CBS・ソニーと契約し、同年9月21日にロサンゼルス録音のシングル「アイ・ラヴ・ユー、OK」とアルバム『I LOVE YOU, OK』でソロデビューしました。制作費にはキャロルで得た印税を注ぎ込みました。路線変更によりアルバムは不評で、初のツアーも佐世保公演で動員200人にとどまるなど苦戦しましたが、「佐世保を忘れない」と誓い、全国をまわり続けました。音楽著作権などビジネス面にも早くから関心を持ち、原盤権を早い段階で取得したといわれます。
1976年7月24日、「日比谷のスター」として日比谷野外音楽堂を満員にし、アルバム『A DAY』を発表。1977年8月26日には日本人ソロ・ロックアーティスト初の日本武道館公演を行い、約1万3千人を動員、ライブ盤『Super Live Nippon Budokan』を発売しました。1978年にはアルバム『ゴールドラッシュ』がオリコン1位となり(ローリングストーン・ジャパン選「日本のロック名盤100選」5位)、自伝『成りあがり』は100万部超のベストセラーとなりました。8月28日には後楽園球場で5万人を動員。資生堂CMソング「時間よ止まれ」も大ヒットし、1978年・1980年・1982年に長者番付歌手部門1位となりました。成功の一方で「虚しさ」を感じ、1980年にワーナー・パイオニアと契約して米国西海岸へ渡ります。
1980年代:米国での活動
ロサンゼルスに拠点を移し、1981年に初の英語アルバム『YAZAWA』を発表。ドゥービー・ブラザーズのボビー・ラカインドとリトル・フィートのポール・バレルがプロデュースしました。日本向けには『Rising Sun』も発表。1982年にはシングル「Rockin' My Heart」と2作目の英語アルバム『YAZAWA It's Just Rock'n'Roll』を発表し、前者は1983年2月19日号のビルボード誌で推薦されました。日本向けアルバム『P.M.9』も発表しています。1980年には自身が手がけた「THIS IS A SONG FOR COCA-COLA」もヒットしました。
1990年代以降
1992年にサントリー缶コーヒー「BOSS」の初代CMキャラクターに起用され、冴えないサラリーマン役でテレビでの知名度を広げました。1994年にはドラマ『アリよさらば』で主演を務め、その後もドラマや映画に出演しています。2006年にはファンに焦点を当てたNHKスペシャルが放送され、2009年には第60回NHK紅白歌合戦にサプライズゲストとして初出場しました。2012年夏にアルバム『Last Song』を発表し、2014年には「時間よ止まれ」が再び資生堂のCM曲として復活。2018年7月には平成30年7月豪雨を受け、9月11日の広島グリーンアリーナ公演の収益を被災地へ寄付すると表明しました。2019年9月のアルバム『いつか、その日が来る日まで…』は初週11.2万枚で初登場1位を獲得。近年は50周年記念リマスター盤が順次公開され、2025年8月25日にシングル「真実」、9月24日にアルバム『I believe』をリリースしました。
音楽性
ビートルズやベンチャーズの影響を受けたロックを基盤に、ほぼ全曲を自ら作曲し、数曲では作詞も手がけます。矢沢のメロディーに日本を代表する作詞家が言葉を紡ぎ、独自の「矢沢永吉のロック像」を築いてきました。多くのアルバムをセルフ・プロデュースし、コンサートの興行や演出も自身の会社で取り仕切ります。「声以上の楽器はない」と語り、レコーディングはほぼ1テイクで完成することが多いといいます。ロックだけでなく、『STANDARD ~THE BALLAD BEST~』のようにバラードも大きな柱です。白スーツにリーゼントのスタイルや、生き方そのものに憧れる熱狂的なファン層でも知られています。
家族
長女の矢沢洋子は歌手で、2017年にベーシストのU.G(元ギターウルフ)と結婚しました。2021年と2022年にそれぞれ女児が誕生し、矢沢は孫娘を溺愛しています。
ディスコグラフィー

I believe
11 tracks

I believe
11 tracks

真実
1 tracks

アルバム未収録集 (50th Anniversary Remastered)
24 tracks

STANDARD ~THE BALLAD BEST~ (50th Anniversary Remastered)
39 tracks

いつか、その日が来る日まで… (50th Anniversary Remastered)
10 tracks

LIVE HISTORY 2000~2015 (50th Anniversary Remastered)
32 tracks

ALL TIME BEST ALBUM Ⅱ (50th Anniversary Remastered)
41 tracks

ALL TIME BEST ALBUM (50th Anniversary Remastered)
41 tracks

Last Song (50th Anniversary Remastered)
11 tracks
