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Elephant Kashimashi

Elephant Kashimashi

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概要

エレファントカシマシ

概要

エレファントカシマシ(略称「エレカシ」)は、東京都北区出身の日本のロックバンドです。1981年に中学の同級生で結成され、1988年にEPIC/SONY RECORDSからメジャーデビューしました。1986年以降、宮本浩次(ボーカル&ギター)、石森敏行(ギター)、高緑成治(ベース)、冨永義之(ドラムス)の4人で活動しています。1990年から日比谷野外音楽堂でのライブを続け、2007年にはローリングストーン誌日本版の日本のロック名盤ランキングで『THE ELEPHANT KASHIMASHI II』が50位に選ばれました。2018年にはスペースシャワー・ミュージック・アワードでBest Respect Artist賞を受賞しています。

来歴

結成からデビューまで

1981年、北区立赤羽台中学校の石森と冨永を中心に結成され、中学3年時に宮本が加入しました。当初は6人編成で、ディープ・パープル、レインボー、RCサクセションのコピーから始めました。バンド名は、かしまし娘と映画『エレファント・マン』のインパクトや音が気に入って遊び半分でつけたもので、それ以上の意味はないといいます。1982年にEastWestの地区予選にオリジナル曲で出場して初ステージを踏み、新宿JAMなどでライブ活動を行いました。1986年に冨永の高校の同級生・高緑が加入して現在のメンバーとなり、同年12月に「CBS/SONY SDオーディション」に入賞、双啓舎と契約しました。

EPIC/SONY RECORDS時代(1988〜1994年)

1988年3月21日、シングル「デーデ」とアルバム『THE ELEPHANT KASHIMASHI』でデビューしました。ロッキング・オンの渋谷陽一は、サザンオールスターズ以来の衝撃と評しました。同年11月の2ndアルバム『THE ELEPHANT KASHIMASHI II』では内面の苦悩を吐露する作風に変化しました。1989年の『浮世の夢』では歌詞に文語が入り、厭世的な曲が増え、1990年には宮本が青春と語る4thアルバム『生活』を発表しました。1991年1月4日に初の日本武道館公演「日本武道館3000席」を開催し、1992年には吉祥寺バウスシアターで5daysライブを行い、4月に『エレファントカシマシ5』を発表しました。1993年の『奴隷天国』は高い熱量にもかかわらず売上は伸びませんでした。1994年にはゲストを迎えオーケストラやオーバーダビングを取り入れた『東京の空』を発表しましたが、これを最後にEPICとの契約は終了しました。

PONY CANYON時代(1996〜1999年)

ロッキング・オンの渋谷陽一や山崎洋一郎の協力で新事務所FAITH A&Rと契約し、1996年4月にポニーキャニオンから「悲しみの果て」で再デビュー。8月の『ココロに花を』はオリコン初のトップ10入りを果たしました。1997年、ドラマ『月の輝く夜だから』主題歌「今宵の月のように」は80万枚を超える大ヒットとなり、収録アルバム『明日に向かって走れ-月夜の歌-』は50万枚を売り上げました。1998年に『愛と夢』を発表しました。

東芝EMI時代(1999〜2007年)

1999年に東芝EMIへ移籍し、シングル「ガストロンジャー」を発表。2000年にはレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンやナイン・インチ・ネイルズの影響を受けた『good morning』を発表しました。2002年は小林武史をプロデューサーに迎えた『ライフ』を発表、同年末にセルフプロデュースのミニ・アルバム『DEAD OR ALIVE』でバンドサウンドへ回帰しました。2003年に『俺の道』と初のトリビュートアルバム『エレファントカシマシ カヴァーアルバム 花男』(3月19日)、2004年に「化ケモノ青年」『扉』、是枝裕和プロデュースのドキュメンタリー『扉の向こう』、9月に『風』を発表しました。2005年には初のライブ・アルバム『野音 秋』『日本 夏』を発売。2006年3月に冨永が慢性硬膜下血腫を発症しましたが、手術で完治しました。

UNIVERSAL時代(2007年〜)

2007年にユニバーサルミュージックへ移籍し、11月21日にシングル「俺たちの明日」、2008年1月30日にアルバム『STARTING OVER』を発表。2009年3月18日の「絆」は映画主題歌に初めて起用され、4月29日に『昇れる太陽』を発表、5月14日から6月3日にツアーを行いました。2012年に宮本が左耳の急性難聴で手術を受けてライブ活動を休止し、2013年9月14日の特別公演で復帰しました。同年には2作目のトリビュートアルバムがDragon Ash、The Back Horn、BRAHMAN、10-FEETらの参加で発売されました。

2018年にはデビュー30周年を記念して全都道府県を回る初の全国ツアーを行い、さいたまスーパーアリーナでMr.Children、スピッツの出演のもと締めくくりました。6月6日のアルバム『Wake Up』は第11回CDショップ大賞を受賞し、11月16日には赤羽駅が街の活性化を願い、同バンドの曲を発車メロディに採用しました。2021年は31年ぶりに日比谷野外音楽堂での公演がありませんでした。2023年の35周年には3月8日にシングル「Yes. I. Do」を発表し、春にアリーナ9公演のツアーを行い、6月9日にはCD6枚とBlu-ray 2枚の『Live Archive 2007–2017』を発売しました。また宮本はソロアルバム『ROMANCE』で2021年の第71回芸術選奨文部科学大臣賞(大衆芸能部門)と第35回日本ゴールドディスク大賞の企画・アルバム・オブ・ザ・イヤーを受賞し、同作はオリコン1位を記録しました。

音楽性

初期はローリング・ストーンズ、T・レックス、レッド・ツェッペリン、ドアーズなど洋楽ロックやRCサクセションの影響を受けた力強いロックンロールでした。その後、宮本の独特のメロディセンスを軸に、ハードで感性的な方向へ音楽性を深めました。再デビュー後は穏やかなメロディと洗練されたポップなサウンドで商業的成功を収め、2000年代初頭にはオルタナティヴ/インダストリアル系の打ち込みや緻密なアレンジのポップを経て、セルフプロデュースのバンドサウンドへ回帰しました。作詞作曲は宮本が中心で、石森との共作クレジットは「ガンダーラコンビネーション」、高緑とは「ダンディー・ブラザーズ」です。感情を爆発させる歌唱やライブでの「溜め歌唱」も特徴です。

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