
概要
布袋寅泰 (HOTEI)
概要
布袋寅泰(ほてい ともやす、1962年2月1日生まれ)は、日本のギタリスト、シンガーソングライター、作曲家、音楽プロデューサー、俳優です。群馬県高崎市出身で、現在はロンドン在住です。BOØWY、COMPLEXの元メンバーであり、40年以上のキャリアを持ち、世界中のアーティストと共演してきました。代表曲「BATTLE WITHOUT HONOR OR HUMANITY」(「新・仁義なき戦いのテーマ」)は、クエンティン・タランティーノ監督の映画『キル・ビル』のメインテーマに採用されました。モットーは「最新のHOTEIが最高のHOTEI」です。
生い立ち
父は韓国人の貿易商、母は日本とロシアのハーフです。2006年の自著『秘密』で父が韓国人であることを明かしました。幼少期にピアノを始め、トランペット鼓隊やエレクトーンも経験しました。14歳でマーク・ボランのポスターに感銘を受け、母親の財布から1万円を抜いてストラトキャスタータイプのギターを購入しました。最初に弾いたのはディープ・パープル「スモーク・オン・ザ・ウォーター」のリフでした。ロキシー・ミュージック、スパークス、デヴィッド・ボウイなど王道とは一線を画す音楽に傾倒しました。高校時代にはバンド「BLUE FILM」などで活動し、コンテストに出場しました。髪型を指摘され「イエス様の方が僕より長い」と言い放って卒業直前に高校を中退し、17歳の終わりに上京しました。2017年には新島学園から名誉卒業を迎えました。
来歴
BOØWY時代(1981〜1988年)
1980年の年末に氷室京介、松井恒松らと「暴威」を結成し、のちにBOØWYと改名しました。1982年3月のアルバム『MORAL』でデビューしました。その後4人編成となり、6年間で6枚のスタジオ・アルバムを発表し、1985年にはロンドンのマーキー・クラブで公演を行いました。1986年には初のミリオンセラー『BEAT EMOTION』をリリースし、解散の1988年には男性アーティスト初のオリコン年間3作首位を記録しました。また1982〜1984年には高橋まことと共にAuto-Modにも参加していました。
ソロ活動とCOMPLEX(1988〜2012年)
BOØWY解散後の1988年10月、EMIよりソロ1stアルバム『GUITARHYTHM』をリリースしました。同作は全編英語で歌った唯一のアルバムです。1989年には吉川晃司とCOMPLEXでデビューし、1990年秋まで活動しました。2枚のアルバムはいずれも1位を獲得しました。1994年には東大寺でのUNESCO主催『GME '94 AONIYOSHI』に出演し、マイケル・ケイメン、ジョニ・ミッチェル、INXS、ロジャー・テイラー、ライ・クーダーらと共演、ジーザス・ジョーンズとはジョイントツアーも行いました。1996年にはマイケル・ケイメンのオファーでアトランタオリンピックの閉会式に出演し、同年には日本武道館でデヴィッド・ボウイと共演しました。ケイメンとは1998年に『GUITAR CONCERTO』をリリースしています。1998年のアルバム『Supersonic Generation』はヨーロッパ14か国でリリースされました。「HOTEI」名義でイギリス、ドイツなど欧州やカナダでもアルバムを発表し、ロンドン、ベルリン、モントルーなど海外でアルバムの多くを録音しました。映画『SF サムライ・フィクション』(1998年)では音楽を手掛け主演も務め、『ラスベガスをやっつけろ』にはレイ・クーパーと共に3曲を提供しました。2003年には「BATTLE WITHOUT HONOR OR HUMANITY」が『キル・ビル』に採用され、のち『トランスフォーマー』やゲーム『Dance Dance Revolution SuperNova』にも使われました。2006年にCharとシングル「Stereocaster」を発表し、2007年にはCharとブライアン・セッツァーと『SUPER SOUL SESSIONS』で共演しました。山下久美子、今井美樹、相川七瀬、藤井フミヤ、JILL、TOKIOなどへの楽曲提供も行いました。2008年にはドラマ『Room Of King』に出演しています。2011年7月30日・31日には、東日本大震災の復興支援として東京ドームでCOMPLEXを21年ぶりに一夜限り(のち2日間)復活させ、動員は10万人以上、収益は全額寄付されました。同年には『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル』の日本国内向け宣伝楽曲のアレンジも手掛けました。2012年2月1日には50歳の誕生日を記念してさいたまスーパーアリーナで公演を行い、高橋まことがゲスト出演しました。4月には舞台『Psychedelic Pain』で演出家デビューを果たしました。
ロンドン移住以降(2012年〜)
2012年夏、家族と共にロンドンへ移住し、国際的なキャリアを追求し始めました。2015年4月には英国のスパインファーム・レコードと契約し、同年10月にアルバム『STRANGERS』をイギリス、欧州、日本で同時リリースしました。2021年8月には東京2020パラリンピック開会式の「片翼の小さな飛行機の物語」でパフォーマンスを披露し、その後G柄ギターを国際パラリンピック委員会に寄付しました。2024年5月15日・16日には、能登半島地震を受けて吉川晃司とCOMPLEXとしてチャリティーライブ『日本一心』を東京ドームで開催しました。
音楽性
ロックを軸に、独自のギタースタイルとビジュアルが特徴で、他人と同じことを嫌う性格がそれを形作ったと語っています。ロキシー・ミュージック、スパークス、10cc、クラフトワーク、マーク・ボラン、デヴィッド・ボウイなどから影響を受けました。シンガーソングライター、プロデューサー、映画音楽の作曲家としても幅広く活動し、海外アーティストとのコラボレーションも数多く手掛けています。
