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Kai Band

Kai Band

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概要

甲斐バンド

概要

甲斐バンド(かいバンド)は、日本のロックバンドです。1974年、シングル『バス通り』でデビューし、1986年に解散しました。1996年に期間限定で再結成し、1999年に活動を再開しました。代表曲に『HERO(ヒーローになる時、それは今)』『安奈』などがあり、1982年まで動員数No.1バンドとなりました。ジャンルは歌謡曲、演歌、J-POPなどに分類されます。

経歴

結成からデビュー(1974〜1978年)

1974年5月、甲斐よしひろ、大森信和、長岡和弘、松藤英男の4人で結成。バンド名は元々仮名でしたが、しっくりくる名前がなくそのままとなりました。8月31日に福岡電気ホールで「甲斐バンド出発(たびだち)コンサート」を開催(約2000人動員)、11月4日にシングル『バス通り』でデビューしました(キャッチフレーズは“九州最後のスーパー・スター”)。12月の神田共立講堂でのデビューコンサートは、前座のチューリップの終了とともに客が席を立つ苦いものとなりました。

1975年6月に2枚目のシングル『裏切りの街角』を発売し、12月までに75万枚を売るロングセラーとなり、同年12月には第8回日本有線大賞優秀新人賞を受賞しました。1977年4月に佐藤剛がマネージャーとなり、以後の方向性に大きな影響を与えました。同年12月の中野サンプラザ公演は、1978年3月に初のライブアルバム『サーカス&サーカス』として発売されました。

全盛期(1979〜1985年)

1979年2月26日、『HERO』がSEIKO腕時計のCMタイアップもあり初のオリコン1位を獲得。3月には初のベスト・アルバム『甲斐バンド・ストーリー』を発売し1位を記録、『ザ・ベストテン』にも出演しました。9月にはロックバンドとして初めてNHKホールでコンサートを開催。10月発売の『安奈』は最高位4位の大ヒットとなりました。12月に長岡和弘の脱退が発表され、12月21〜22日の日本武道館2日間公演以降、1985年まで武道館2daysが年末の恒例となりました。この年は85回のコンサートで20万人を動員しました。

1980年3月、松藤英男がリードボーカルを務めた『ビューティフル・エネルギー』がCMに使われヒット。7月に横浜文化体育館で初のスタジアム・コンサートを行い、8月には箱根芦ノ湖畔で初の野外イベント『100万$ナイトin箱根』を開催し24,000人を動員しました。

1981年8月、シンコーミュージックから独立し、佐藤剛とともに(株)ビートニクを設立。9月には大阪の花園ラグビー場で22,000人を動員する野外イベントを行いました。

1982年にはニューヨーク3部作の第1弾『虜-TORIKO-』をパワー・ステーションでミックスダウン(ミキサーはボブ・クリアマウンテン)。6月には日本初となる6000人スタンディングのコンサートを開催しました。1983年8月7日、西新宿の高層ビル街で大規模野外イベント『THE BIG GIG』を開催し、約3万人を集めました。アルバム『GOLD/黄金』のトラックダウンはニューヨークで行われました。

1984年6月、ギタリストとして田中一郎が加入。7月には甲斐よしひろが負傷で入院し、5公演が延期されました。1985年3月1日、ニューヨーク3部作完結作『ラヴ・マイナス・ゼロ』を発表し、3月31日〜4月1日には両国国技館のこけら落としとして『BEATNIK TOUR in 両国国技館』を開催しました。

解散(1986年)

1986年3月3日に解散を発表し、3月14日からファイナル・ツアー『PARTY』(全国50ヶ所)を開始。6月23〜27日に日本武道館で5日間のラストライブを行い、6月29日に横浜で開催された1500人限定のシークレット・ギグ(応募20万通)を最後に解散しました。甲斐はソロ歌手として活動を始めました。

再結成と再始動(1996〜2008年)

1996年に10年ぶりに期間限定で再結成し、7月にセルフリメイク・アルバム『Big Night』を発表。同名ツアーでのべ2万7000人を動員し、10月12日の日本武道館でファイナルを迎えました。9月には10年ぶりの新曲『ティーンエイジ・ラスト』をリリースしました。1999年11月13日に活動を再開し、12月にシングル『トレーラー・ハウスで』を発表。2001年6月には15年ぶりのオリジナル・アルバム『夏の轍』を発表し、全国ツアーを行いました。

2004年7月5日、ギタリストの大森信和が死去。2005年には初のボックスセット『熱狂/ステージ』(10枚組ライヴCD)が発売されました。2007年12月12日、旧東芝EMIの17タイトルが紙ジャケット・リマスター盤で復刻され、ベスト『甲斐バンド・ストーリーII』も発売、品川プリンス・ステラボールで『甲斐バンド 2007 ONE NIGHT STAND』を開催しました。2008年からは全23公演の全国ツアーを行い、2009年2月7日のファイナルは約13年ぶりの日本武道館でした。

デビュー35周年以降(2009年〜)

2009年7月、デビュー35周年を機に活動再開を発表。10月21日に8年ぶりのオリジナル・アルバム『目線を上げろ』を発表し、全24公演の『NEVER END TOUR』を開催しました。12月には初のバラードベスト『ロッカ・バラード』を発表し、JR新橋駅SL広場前で13年ぶりのストリートライブを行いました。2010年2月には娘の甲斐名都がサプライズ出演し、父娘初共演を果たしました。4月に福岡のライブ喫茶照和で『Live at the 照和』を開催、その模様を映画化した『照和 My Little Town / KAI BAND』が12月18日に全国公開されました。2011年1月には渋谷で『LIVE at the PLEASURE PLEASURE』を開催し、4月にはNHK BS『J-POPプレミアム』に出演。2012年8月12日には奈良・薬師寺で野外ライブ『スウィートテンプル・ムーン・ライブ』を開催し、ワンマンの野外ライブは1983年の『THE BIG GIG』以来約29年ぶりでした。

音楽性

ロックバンドでありながら、歌謡曲や演歌の情感も併せ持つ楽曲でJ-POPの領域で幅広く支持されました。ニューヨーク3部作に代表される海外でのレコーディング/ミックス、大規模野外イベントやスタンディング公演など、ライブ演出面でも先駆的な試みを重ねました。

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