
概要
KinKi Kids(DOMOTO)
概要
KinKi Kids(キンキ・キッズ)は、堂本光一と堂本剛の2人による日本の男性アイドルデュオです。ジャニーズ事務所初のデュオであり、初の関西(近畿地方)出身グループでもあります。2人は同じ1979年生まれですが、光一が1月1日生まれのため学年は1つ上で、姓は同じ「堂本」でも血縁関係はありません。2025年7月21日にグループ名を「DOMOTO」(ドウモト)に改名しました。レコードレーベルはELOV-Labelです。1997年のデビュー曲「硝子の少年」以来、シングル連続初登場1位記録でギネス世界記録に認定された、日本を代表するアイドルグループです。
経歴
結成からCDデビューまで
1991年5月5日、それぞれ姉が送った履歴書をきっかけに事務所入りし、横浜アリーナの光GENJIのコンサートで出会いました。1992年8月に『Myojo』の取材を受け、11月号で「関西からきた新入生」として紹介されます。正式名称が決まるまでは「ジャニーズ関西組」「堂本ブラザーズ」「W堂本」などと呼ばれ、1992年12月31日の第43回NHK紅白歌合戦にSMAPのバックで出演した際には「KANZAI BOYA」と紹介されました。1993年4月4日放送の『キスした?SMAP』第1回で、中居正広により「KinKi Kids」の名が正式に発表されました。
1994年7〜9月には初共演ドラマ『人間・失格』に出演し、同年12月31日には日本武道館でファーストコンサートを開催。1996年には『LOVE LOVEあいしてる』が始まり、吉田拓郎や坂崎幸之助の指導でギターに取り組み、多くのミュージシャンとの交流が後の音楽活動に大きな影響を与えました。同年10月には新レギュラー番組が一気にスタートし、第47回紅白歌合戦では近藤真彦のステージに応援ゲストとして登場、「ミッドナイト・シャッフル」の冒頭を歌いました。
1990年代:CDデビューとミリオンセラー
1997年5月29日、ジャニーズ・エンタテイメント設立の第1弾アーティストとしてデビューが決定。会見映像は新宿アルタビジョンなど5か所で流され、プロモーション費用は3000万円にのぼりました。7月21日、シングル『硝子の少年』とアルバム『A album』で同時CDデビューし、ともにオリコン初登場1位、ミリオンセラーを達成。『硝子の少年』はオリコン調べ178万枚、出荷262万枚で、小柳ルミ子「わたしの城下町」の記録を26年ぶりに更新し、1997年度シングル売上2位となりました。第70回選抜高校野球大会の入場行進曲にも選ばれています。
8月には『24時間テレビ』のパーソナリティーを務めました。『愛されるより 愛したい』(164万枚)、『全部だきしめて/青の時代』(116万枚)、1999年の『フラワー』と、4作のミリオンセラーを記録し、出荷枚数ではデビューから11作連続で100万枚を超えました。阪神・淡路大震災へのチャリティーとしてTOKIO、V6とJ-FRIENDSを結成し、2003年3月まで活動、リリースした作品はすべて初登場1位でした。1998年12月31日から年末の東京ドーム公演を開始。1999年の第50回紅白歌合戦にはスペシャルゲストとして「フラワー」を歌唱しました。2000年3月発売の9作目『好きになってく 愛してく』では、日本のアイドルとして初めて自作詞・作曲曲でオリコン1位を獲得しました。
2000年代〜2010年代
2000年には台湾・香港で初のアジアツアーを実施。以後ソロ活動を並行し、光一は2000年から『SHOCK』シリーズなど舞台に、剛は2002年のソロデビュー後シンガーソングライターとして活動しました。2002年1月1日の東京ドーム公演中に「デビュー以来シングル13曲連続オリコン1位」のギネス認定が発表され、日本人初の音楽部門でのギネス掲載となりました。この記録はその後も更新されています。2001年の『Hey! みんな元気かい?』収録の「愛のかたまり」(作詞:剛、作曲:光一)は、2007年のベスト『39』でのファン投票1位となりました。2004年12月には「Anniversary」とベスト『KinKi Single Selection II』を同時発売し、シングル・アルバム同時1位を記録。2007年のデビュー10周年にはベスト『39』をリリースしました。
年末の東京ドーム公演は2015年1月1日までに計51回となり、単独アーティスト最多記録を更新。2016年の第67回紅白歌合戦で正式に初出場し「硝子の少年」を歌いました。同年9月に『N album』、11月にシングル「道は手ずから夢の花」を発売。2017年のデビュー20周年には『Ballad Selection』(1月)、「The Red Light」(7月)をリリースし、6月には剛が突発性難聴の闘病を公表しました。12月6日の4作目のベスト『The BEST』はアルバム通算19作目の1位となりました。2018年1月24日の「Topaz Love / DESTINY」は久々の自作詞・作曲シングルで、12月19日の「会いたい、会いたい、会えない。」(久保田利伸作詞・作曲)でデビューから40作連続1位を達成し、ウエストライフを超える世界記録を更新しました。2018年12月時点でシングル40作、アルバム20作、累計約3000万枚を記録しています。2019年12月には「光の気配」を発表しました。
2020年代
2020年5月、Smile Up! Projectの一環で結成された期間限定ユニット・Twenty★Twentyに参加し、8月のシングル「smile」ではそれぞれソロパートを担当。6月17日には剛が作詞・作曲した42作目のシングル「KANZAI BOYA」を発売し42作連続1位を記録、12月23日に『O album』をリリースしました。10月からはソロライブを含む13作品がAmazon Primeで独占配信されました。2021年7月「アン/ペア」、2022年3月「高純度romance」、7月「Amazing Love」を発売。2022年7月17日に公式YouTubeチャンネルを開設し、東京ドームの客席から生配信を行い18万人以上が視聴しました。12月31日には第73回紅白歌合戦に6年ぶり2度目の出場を果たし、作曲者の山下達郎からサプライズメッセージが届きました。2023年1月18日のデビュー25周年には「The Story of Us」を発売し、これまでのタイトル曲54曲をTikTokで解禁。12月には『P album』とシングル「シュレーディンガー」を発売しました。
2024年3月末に剛がSMILE-UP.(旧ジャニーズ事務所)を退所しましたが、グループは解散せず活動を継続。従来のファンクラブは4月30日に閉鎖されました。2024年12月31日、京セラドーム大阪公演後のYouTube生配信で、2025年夏ごろに「DOMOTO」へ改名することを発表しました。2025年5月5日には356曲がサブスク・ダウンロード配信され、「愛のかたまり」と『The BEST』がオリコン週間デジタルランキングで1位となりました。7月21日のデビュー28周年生配信で改名を発表し、7月21日24時51分(剛・光一の語呂合わせ)にDOMOTOとなり、ファンクラブをグランドオープン。2026年5月5日発売の「またね」でデビューから48作連続初登場1位を獲得しました。2026年7月21日にSTARTO ENTERTAINMENTとのグループエージェント契約を満了して独立し、光一は個人契約を継続、翌22日に公式サイトを開設しました。
音楽性
J-POPと歌謡曲を軸にした幅広い楽曲を展開し、「硝子の少年」など山下達郎提供の楽曲も代表曲です。2人とも自作を手がけますが、ソロ活動が本格化してからは自作曲を主にソロで発表するため、KinKi Kids名義の自作曲は多くありません。主に光一が作曲、剛が作詞を多く担当します。『LOVE LOVEあいしてる』でのギター習得とミュージシャンとの交流が、音楽活動に大きな影響を与えました。
動画
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ディスコグラフィー

シュレーディンガー
5 tracks

P album
14 tracks

The Story of Us
5 tracks

Amazing Love
3 tracks

高純度romance
5 tracks

アン/ペア
5 tracks

O album (Original Edition)
14 tracks

光の気配
4 tracks

会いたい、会いたい、会えない。
4 tracks

Topaz Love / DESTINY
6 tracks
