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Kyu Sakamoto

Kyu Sakamoto

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概要

坂本九

概要

坂本九(さかもと きゅう、1941年12月10日 - 1985年8月12日)は、日本の歌手、俳優、タレント、司会者です。本名は大島九(おおしま ひさし)、愛称は九ちゃん。神奈川県川崎市川崎区出身で、1961年発表の「上を向いて歩こう」が1963年にアメリカで「SUKIYAKI」のタイトルで発売され、Billboard Hot 100で3週連続1位、キャッシュボックス誌でも4週連続1位を獲得しました。日本語版での1位は唯一の例で、Billboard Hot 100で1位を獲得した日本出身者は2025年1月現在、坂本のみです。同曲は1300万枚以上を売り上げ、全世界でのレコード売上は1500万枚以上に達し、1960年代のアイドルとも評されます。オーストラリアのシングルチャートでも日本人初の1位を記録しました。

経歴

少年時代

1941年、川崎市の荷役請負業を営む坂本寛と妻・いくの第9子として生まれました。「九」の名は9番目の子だからという説があります。戦時中は母の実家のある茨城県笠間市に疎開し、1949年に川崎へ戻りました。1943年の常磐線土浦駅列車衝突事故では、直前に別の車両へ移って難を逃れ、これを笠間稲荷神社のおかげと考えて終生信仰し、同神社で結婚式も挙げました。1956年に両親が離婚し、母の旧姓・大島を名乗るようになります。この頃からエルヴィス・プレスリーに憧れ、物まねで人気者になりました。

バンド時代とデビュー

高校でロカビリーに熱中し、立川の米軍基地で初めて人前で歌いました。1958年5月、井上ひろしとザ・ドリフターズにボーカル兼ギターとして加入し、8月26日の第3回日劇ウエスタンカーニバルで新人賞を受賞します。11月にバンドを脱退し、12月にダニー飯田とパラダイス・キングへ加入してビクターレコードと契約。1959年6月に「題名のない唄だけど」でデビューしましたが、ヒットしませんでした。1960年7月に東芝音楽工業へ移籍し、8月発売の移籍第1弾「悲しき六十才」が10万枚を売り上げ、初ヒットとなりました。

ソロ転向と世界的成功

1961年10月15日発売の「上を向いて歩こう」は、作詞の永六輔、作曲の中村八大とともに「六八九トリオ」と呼ばれた代表曲です。英国パイ・レコードのルイス・ベンジャミンが持ち帰り「Sukiyaki」と改題され、ケニー・ボール楽団のインスト版がヒットした後に原曲も売れました。1963年にキャピトル・レコードが米国で発売し、6月にBillboard Hot 100で1位となりました。

1963年夏から翌年初めにかけてアメリカ(ハワイ含む)、ドイツ、スウェーデンなどを回る世界ツアーを行い、8月13日にロサンゼルスへ到着して「スティーブ・アレン・ショー」に出演しました。「エド・サリヴァン・ショー」は主演映画「刀を抜いて」の撮影と重なり出演できませんでした。米国チャートには「支那の夜」が58位に入り、唯一のアメリカ盤アルバム『Sukiyaki and Other Japanese Hits』は1963年のBillboardアルバムチャートで14位、17週チャートインしました。1964年5月15日、東京のホテルオークラでRIAAのゴールドディスクを受け取り、日本人初のゴールドディスク受賞者となりました。

1964年の東京オリンピックのウェルカムパーティーに出演して「サヨナラ東京」「君が好き」を歌い、スウェーデンのテレビ番組にも東京から生中継で出演しました。同年「幸せなら手をたたこう」をヒットさせ、1966年にはフィンランド民謡「レット・キス」のカバーでジェンカを広めました。1970年の日本万国博覧会では若手芸能人の万博委員を務め、『クイズEXPO'70』の司会も担当。1971年12月8日に女優の柏木由紀子と結婚しました。

社会活動

東京パラリンピックをチャリティコンサートで支援し、「あゆみの箱」運動や手話普及運動、障害者福祉の慈善活動に積極的に参加しました。1962年から北海道で小児麻痺のチャリティーショーに無報酬で出演して10年続け、1976年からは福祉番組「ふれあい広場・サンデー九」を急逝まで9年間担当しました。1979年には日本初の手話の歌「そして想い出」を発表しています。俳優としては晩年の榎本健一に目をかけられました。

晩年と死去

1985年にファンハウスへ移籍し、5月22日に「懐しきlove-song/心の瞳」を発売して歌手活動を本格化させようとしていました。6月には古賀政男記念音楽大賞で入賞しています。8月12日にNHK-FM『歌謡スペシャル』の収録を終えた後、元マネージャーの市議選応援のため大阪へ向かう途中、日本航空123便墜落事故に遭い、43歳で亡くなりました。

音楽性

幼少期からジャズ、シャンソン、芝居、日舞、三味線、邦楽など多様な芸事に触れ、ナット・キング・コールやロックンロール、エルヴィス・プレスリーに影響を受けました。日本語を英語のようなグルーヴで歌う独特の歌唱法を確立し、ヨーデルに由来するファルセットを「恋のホームタウン」「ステキなタイミング」などで活かしました。高めで軽いハスキーな声質も個性でした。初期のライブでは新品のギターを叩き壊すなど、ワイルドなロックンロールスタイルでした。

主な作品

代表曲に「上を向いて歩こう」「見上げてごらん夜の星を」「明日があるさ」があり、没後も『ベスト9!』(2009年)や『ベスト坂本九 90』(2019年)などのベスト盤が発売されています。

ディスコグラフィー

ベスト坂本九 90

ベスト坂本九 90

album•2019

94 tracks

若者たち

若者たち

single•2019

2 tracks

Sukiyaki

Sukiyaki

single•2019

6 tracks

坂本 九 ベスト~心の瞳

坂本 九 ベスト~心の瞳

album•2017

21 tracks

Sukiyaki

Sukiyaki

single•2016

2 tracks

上を向いて歩こう

上を向いて歩こう

single•2011

5 tracks

ベスト9!

ベスト9!

album•2009

9 tracks

懐しきlove-song

懐しきlove-song

single•1985

2 tracks

Ue O Muite Arukou (Mono Version)

Ue O Muite Arukou (Mono Version)

single•1962

4 tracks

Sukiyaki (I Look up as I Walk) [Remastered 2025]

Sukiyaki (I Look up as I Walk) [Remastered 2025]

single•1961

1 tracks

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