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Masashi Sada

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概要

さだまさし

概要

さだまさし(1952年4月10日生まれ、本名・佐田雅志)は、長崎県長崎市出身のシンガーソングライター、俳優、タレント、小説家です。さだ企画所属で、國學院大學、東京藝術大学、福岡国際音楽大学の客員教授も務めています。フォークデュオ「グレープ」でメジャーデビューし、「精霊流し」が大ヒット。ソロ転向後も「雨やどり」「案山子」「関白宣言」「道化師のソネット」「親父の一番長い日」「北の国から〜遥かなる大地より〜」など数多くのヒット曲を生み出しました。2025年12月2日時点で、日本で最も多くのソロ・コンサートを行った歌手であり、その回数は4,700回を超えています。軽妙なトークも大きな魅力で、テレビ・ラジオのパーソナリティーやMCとしても活躍し、『解夏』『眉山』などの小説も発表しています。

経歴

生い立ちと少年時代

長崎市に生まれ、3歳からヴァイオリンを始めました。1963年、小学5年生のとき毎日学生音楽コンクール西部地区大会で3位、翌1964年に2位となり、鷲見三郎に認められて小学校卒業と同時にヴァイオリン修行のため単身上京しました。しかし東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校の受験に失敗し、國學院高等学校に入学。ヴァイオリンへの熱意を失いました。中学時代には加山雄三やサイモン&ガーファンクルの影響でギターを弾きながら作曲するようになりました。

グレープ時代

高校卒業後、國學院大學法学部に進学しましたが数か月で中退し、肝炎を患って長崎に帰郷しました。1972年、友人の吉田正美が訪ねてきたことをきっかけに、同年11月3日に「グレープ」を結成。プロデューサー川又明博にスカウトされ、1973年10月25日に「雪の朝」でワーナー・パイオニアから全国デビューしました。1974年4月25日の第2作「精霊流し」は当初苦戦しましたが、東海ラジオの深夜番組で流され続けたことで全国的なヒットとなり、第16回日本レコード大賞作詩賞を受賞しました(オリコン最高2位)。1975年11月には「無縁坂」もヒットしました。アルバムに『わすれもの』(1974年)、『せせらぎ』(1975年)、『コミュニケーション』(1975年)があります。しかし「グレープの音楽は暗い」というイメージと自分たちのやりたい音楽との齟齬から、1976年春に解散しました。

ソロ転向

1976年11月、「線香花火」でソロ活動を開始し、自身の事務所さだ企画を設立。同月に初のソロアルバム『帰去来』を発表しました。1977年の「雨やどり」はオリコン1位の大ヒットとなり、グレープ時代を通じて初の首位でした。山口百恵に提供した「秋桜」や「案山子」もヒットしました。1978年10月に個人レーベル「フリーフライト」を設立し、1979年1月に「天までとどけ」をリリース。同年7月の「関白宣言」は150万枚を超える大ヒットとなり、以後「親父の一番長い日」「道化師のソネット」「防人の詩」「驛舎」などを放ちました。

1980年代

1980年、映画『翔べイカロスの翼』にサーカスのピエロの青年役で主演し、音楽も担当しました。続いて中国の大河を舞台にしたドキュメント映画『長江』を企画・監督し、1981年11月に公開。120館で上映されヒットしましたが、制作費が膨らみ、約28億円(本人曰く金利込みで35億円)の負債が残りました。この時期は「関白宣言」「防人の詩」への右翼的との批判などもあり、不遇の時代でもありました。1981年にはフジテレビ系ドラマ『北の国から』の音楽を担当し、歌詞のないテーマ曲「北の国から〜遥かなる大地より〜」は非常に有名になりました。1985年にソロ・コンサート通算1,000回(東京厚生年金会館)を達成し、「恋愛症候群」をリリース。1987年8月には、広島ピースコンサートに参加した経験から、故郷長崎で無料の平和祈念コンサート『夏・長崎から』を開催しました。以後2006年まで20年間、毎年8月6日に開かれました。

1990年代

1993年にソロ・コンサート通算2,000回(大阪フェスティバルホール)を達成。1995年、長崎市に平和祈念のミュージアムを作る「ナガサキピーススフィア貝の火運動」を開始し、2003年4月にナガサキピースミュージアムが開館しました。1996年には長崎県県民栄誉賞を受賞しました。

2000年代

2000年4月1日、福岡ダイエーホークス開幕戦で「君が代」を独唱。ロンドンのロイヤル・アルバート・ホールで日本人男性歌手として初のコンサートを行いました。2001年9月に小説『精霊流し』を発表し、NHKでドラマ化、さらに映画化もされました。児童書『おばあちゃんのおにぎり』は2002年にひろすけ童話賞を受賞しました。2002年3月21日にはソロ・コンサート通算3,000回(東京国際フォーラム)という前人未到の記録を達成。9〜12月にはデビュー30周年ツアー『MOON-BOW at THE 30th』を東京・名古屋・大阪で各8夜構成で開催しました。同年12月に小説集『解夏』を発表し、2004年4月にフジテレビ月9ドラマ『愛し君へ』として、同年には映画としても公開されました。2004年12月に長編小説『眉山』を発表。2005年8月にはFIFAワールドカップ予選の日本対イラン戦で「君が代」を独唱し、9月6・7日に日本武道館で「ソロ通算3333回記念コンサート」を開催、7日に32作目のオリジナルアルバム『とこしへ』を発売しました。2006年1月1日にはNHK総合で生放送特番『年の初めはさだまさし』が放送され、その後も続編が制作されています。2006年8月6日に『夏・長崎から』のファイナルを行い、この活動により第48回日本レコード大賞・特別賞を受賞しました。2007年8月9日には広島市民球場開設50周年記念「2007 夏 広島から さだまさし」を開催。2008年秋には美空ひばりのカバーアルバム『情継 こころをつぐ』をリリースしトップ10入りを果たしました。2009年12月31日には21年ぶりの年またぎカウントダウンライブを両国国技館で行いました。

2010年代以降

2010年7月16日に「さだまさし3776回記念 富士山山中湖ライブ」を開催。その後『第二楽章』(2014年)、『風の軌跡』(2015年)、『Reborn~生まれたてのさだまさし~』(2018年)、『新自分風土記I~望郷篇~』『II~まほろば篇~』(2019年)などを発表し、『45周年記念コンサートツアー2018 Reborn』(2019年)もリリースしました。ソロアルバムは35作以上、シングルは70作以上にのぼります。

音楽性

フォークを軸に、歌謡曲、演歌、J-POPの要素を取り入れた作風です。加山雄三やサイモン&ガーファンクルに影響を受け、ギターの弾き語りから作曲を始めました。幼少期から培ったヴァイオリンの経験も音楽の土台となっています。「精霊流し」「無縁坂」のような叙情的な曲から、「雨やどり」のようなユーモラスな曲、「関白宣言」のような物語性の強い曲まで幅広く、山口百恵への楽曲提供やドラマ・映画音楽も手がけるなど、作曲家としても活躍してきました。コンサートでの軽妙なトークも大きな魅力です。