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Misato Watanabe

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概要

渡辺美里

概要

渡辺美里(わたなべ みさと、1966年7月12日 - )は、日本の歌手・作詞家・シンガーソングライターです。東京都育ちで、1985年にEPIC・ソニー(現エピックレコードジャパン)からデビューしました。1986年、小室哲哉作曲のシングル「My Revolution」のヒットにより一躍人気ソロシンガーとなりました。オリコンのシングル1位は2作品(2位は8作品)にとどまる一方、アルバム1位は9作品で、しばしば「アルバム・アーティスト」と形容されます。アルバム連続1位は8年連続で歴代5位タイの記録です。デビュー以来、一貫してエピックに所属しています。

来歴

デビュー前

小学生の頃から歌うことが好きで、東京都立松原高等学校ではラグビー部のマネージャーを務めました。高校の先輩には清水信之、EPO、佐橋佳幸らがいます。1983年にアマチュアバンドを結成して学園祭に出演し、1984年の第3回ミス・セブンティーンコンテスト(応募者約18万人)で最優秀歌唱賞を受賞しました。同期には国生さゆり、工藤静香らがいます。『Seventeen』のモデルとしても活動しました。

1985~1989年

1985年5月2日、シングル「I'm free」(TBS系ドラマ『スーパーポリス』主題歌)でデビューしました。6月には国立競技場の「ALL TOGETHER NOW」に、事務所の先輩・白井貴子のコーラスとして参加。9月にライブハウスツアー『GROWIN' UP LIVE』、10月2日にデビューアルバム『eyes』をリリースし、11月には大阪厚生年金会館で初のホールコンサートを行いました。

1986年1月、「My Revolution」(TBS系ドラマ『セーラー服通り』主題歌)をリリースし、オリコン1位を獲得。約70万枚(オリコン記録では44.5万枚)を売り上げた出世作です。7月の2ndアルバム『Lovin' you』は邦楽ソロアーティスト初の2枚組オリジナルアルバムでした。8月には大阪スタヂアム、名古屋城、西武ライオンズ球場でスタジアムコンサート『MISATO SPECIAL '86 KICK OFF』を開催し、女性ソロシンガーとして初の試みとなりました。以後、西武球場でのライブは毎年恒例となります。

1987年以降は自ら作詞、または作詞・作曲を手掛ける作品がほとんどとなり、作詞は「MISATO」、作曲は本名名義が多くなりました。1988年4月の「恋したっていいじゃない」は初のCDシングル、5月の4thアルバム『ribbon』は初のミリオンセラーとなりました。7月の西武ライオンズ球場公演『ribbon power』ではNHK衛星放送による初のノーカット生放送が試みられました。

1989年にはロンドンへ短期留学し、6月に初主演映画『on the Flower bed』が公開。7月の西武公演2日目は豪雨と落雷で中止となり、後に「伝説のライブ」と呼ばれました。10月の「虹をみたかい」はオリコン初登場1位、11月30日には東京ドームで『SUPER Flower bed BALL '89 秋 史上最大の学園祭』を開催しました。12月には1stから9thまでのシングルがCD化され、アナログ盤の生産が中止されました。

1990年代

1990年、「恋するパンクス」のカップリング曲「Love is magic」のレコーディングにB'zの松本孝弘が参加し、ツアー『misato 1990 TOUR tokyo』を実施。12月には横浜アリーナで2DAYSのクリスマス公演を開催し、以後数年続けました。1995年7月15日にはデビュー10周年で初のベストアルバム『She loves you』、記念ビデオ、初の写真集を発表し、8月に西武球場で記念ライブを行いました。1999年5月には初のフルオーケストラコンサートを開催しました。

2000年代以降

2000年に15年連続の西武ドームライブを開催。この年を最後に、デビュー以来ディレクター兼エグゼクティブ・プロデューサーを務めた小坂洋二がエピックを退社し、以後は渡辺自身がプロデュースを手掛けるようになりました。2002年には『ディズニー・オン・クラシック』にシークレットゲストで出演、2003年にはテレビアニメ『ドラえもん』のオープニングテーマを担当しました。2004年には映画『世界の中心で、愛をさけぶ』でラジオDJ役を演じ、「あなたに会えて」が挿入歌となりました。2005年8月、20年連続の西武スタジアムライブは『MISATO V20 スタジアム伝説 ~最終章~ NO SIDE』で幕を閉じ、12月31日にはNHK紅白歌合戦に初出場しました。2007年には奈良・薬師寺で『Present Tree Live』を開催し、同年5月15日からは自身の個人事務所ララマハロに所属しています。その後も『心銀河』(2007年)、『Dear My Songs』(2008年)、『Serendipity』(2011年)、『ID』(2019年)などを発表しました。2011年のイベント『美里祭り2011』では鈴木雅之と初共演を果たしました。

西武スタジアムライブとMISATO TRAIN

1986年から続いた西武球場の夏のコンサートは、2005年までに総動員約70万人、全盛期にはチケット4万枚が当日完売するほどでした。最後の2005年は約3万9千人を動員しました。タイトルは「kick off」で始まり「NO SIDE」で終わるラグビーの試合に由来するとみられ、高校時代のラグビー部マネージャー経験に通じています。西武鉄道は1990年から2005年まで、観客輸送を兼ねた臨時列車「MISATO TRAIN」を運行しました。

音楽性

歌謡曲、J-POP、シティポップの要素を持つポップスを展開し、アイドルとは異なる形のガールズポップの先駆者として活躍しました。小室哲哉、岡村靖幸、木根尚登、大江千里、小林武史、清水信之、佐橋佳幸ら多くの音楽家が楽曲提供やプロデュースを担当しています。1987年以降は自作詞・作曲が中心で、スタジアムでも物怖じしないパフォーマンスが支持されました。ラジオパーソナリティとしても知られ、一時期は週4本のレギュラー番組を担当しました。