
概要
山下達郎
概要
山下達郎(やました たつろう、Tatsuro Yamashita)は、1953年2月4日、東京都豊島区池袋生まれの日本のシンガーソングライター、作曲家、編曲家、音楽プロデューサーです。1980年代初頭の作品はシティポップの礎と評価され、2010年代以降の海外でのシティポップ再評価では「シティポップの王様」とも呼ばれてきました。代表曲「クリスマス・イブ」は35年以上連続でチャートインしているロングセラーです。妻はシンガーソングライターの竹内まりやで、所属レコード会社はワーナーミュージック・ジャパンです。HMV JAPANの「日本のアーティスト100」では6位に選ばれています。
経歴
生い立ちとアマチュア時代
池袋で育ち、中学・高校の6年間はブラスバンド部で打楽器を担当しました。ベンチャーズをきっかけに洋楽に親しみ、ギターは独学で始めました。1966年には全員がボーカルを担当するアマチュアバンド「ディー・バウエルン」を結成しています。1972年には友人たちと自主制作アルバム『ADD SOME MUSIC TO YOUR DAY』を制作しました。
シュガー・ベイブとソロデビュー
1973年春、大貫妙子らとシュガー・ベイブを結成し、同年9月にははっぴいえんどのラスト・コンサートで大瀧詠一のステージにバック・コーラスで参加しました。大瀧のプロデュースによるアルバム『SONGS』(1975年)でデビューし、ナイアガラ・レーベルでは『NIAGARA MOON』(1975年)、『NIAGARA CALENDAR』(1977年)にコーラスやストリングス・アレンジで深く関わりました。1975年頃から他の歌手への楽曲提供も始め、1977年頃までは「コーラスの神様」と呼ばれるスタジオ・ミュージシャン的な存在でした。
1976年にグループが解散するとRCAと契約してソロ活動を開始し、同年『CIRCUS TOWN』を発表しました。同年には大瀧詠一、伊藤銀次と『Niagara Triangle Vol. 1』も発表しています。その後『SPACY』(1977年)、『GO AHEAD!』(1978年)を発表し、1978年には『PACIFIC』もリリースされました。1979年の『MOONGLOW』は受賞作となりましたが、商業的には中程度の成功でした。
ブレイクとその後
1980年に「RIDE ON TIME」がオリコン3位となり、同名アルバムが1位を獲得して人気を確立しました。同年『ON THE STREET CORNER』、その後『FOR YOU』(1982年)、『MELODIES』(1983年)を発表しています。「クリスマス・イブ」は『MELODIES』に収録され、JR東海「Xmas Express」のCMソングで広く知られ、1990年にチャート首位を獲得しました。累計約200万枚を売り上げ、毎年クリスマスの時期に限定盤が少量販売されています。アラン・オディが作詞した英語版も録音しており、ペンタトニックス、コモドアーズ、オール・フォー・ワン、イディナ・メンゼルらにカバーされています。
1989年にはザ・ベンチャーズへのトリビュート『The Ventures Forever』を東芝EMIから発表しました。2008年にシングル「ずっと一緒さ」(ドラマ『バラ色の人生』の主題歌)、2009年に「僕らの夏の夢 / ミューズ」(映画『サマーウォーズ』主題歌)をリリースしました。2011年のアルバム『Ray of Hope』はオリコン週間アルバムランキングで1位となり、4つの年代連続で首位を獲得した史上4人目の歌手となりました。
ソロアーティストとしてオリジナル・スタジオ・アルバム13枚、カバー・アルバム5枚、ライブ・アルバム2枚、多数のコンピレーション、50枚以上のシングルを発表し、アルバム売上は累計約900万枚と、日本のアルバムチャート史上最も商業的に成功した男性ソロアーティストとされています。
楽曲提供と共演
近藤真彦「ハイティーン・ブギ」(1982年)、KinKi Kidsのデビュー曲「硝子の少年」(1997年)、「ジェットコースター・ロマンス」(1998年)などを手がけました。妻・竹内まりやとは「プラスティック・ラブ」などで共作し、アラン・オディとは「Your Eyes」「Magic Ways」「Love Can Go the Distance」「Fragile」を共作しています。ハワイのバンド、グリーンウッドとも協力し、「Sparkle」のカバーが最大のヒットとなりました。映画やCM音楽も手がけています。2010年代のヴェイパーウェイヴのブームで海外でも作品が発掘され、「プラスティック・ラブ」は非公式動画ながらYouTubeで合計1億回以上再生されています。
活動方針
「テレビなどに顔出しで出演しない」「日本武道館のような大規模アリーナ級の会場でコンサートをしない」「著書を書かない」という3つのこだわりを持っています。高い音質で聴衆に届けるため、中野サンプラザ大ホール(2222人収容)を長年使用してきました。第73回NHK紅白歌合戦ではKinKi Kidsのステージに音声メッセージで出演しました。
音楽性
カーティス・メイフィールドとジェームス・ブラウンから大きな影響を受け、ブライアン・ウィルソンとビーチ・ボーイズの熱心なファンとしても知られます。ドゥーワップ、ソフトロック、ブルー・アイド・ソウル、スウィート・ソウル、コーラス・グループ、ガレージ・ロックなど趣味は幅広いです。自身のボーカルを多重録音する「1人ア・カペラ」でも知られています。
レコーディングではボーカルやコーラスのほか、編曲、ギター、打ち込み、シンセサイザー、パーカッションまで1人で手がけ、全演奏を1人で行う曲もあります。特にギターのリズムカッティングを得意とし、制作へのこだわりから「音の職人」と称されます。サウンドはアコースティックを基調としつつ、アナログ・デジタル録音や最新の制作技術にも通じています。英語で歌いますが英語は話せず、歌詞は発音を覚えて歌っているそうです。メインギターは1970年代のフェンダー・テレキャスターで、6万枚を超えるレコードを所蔵するコレクターでもあります。

