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THE BOOM

THE BOOM

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概要

THE BOOM

概要

THE BOOM(ザ・ブーム)は、1986年11月に結成され、2014年に解散した日本の4人組ロックバンドです。メンバーは宮沢和史(ヴォーカル)、小林孝至(ギター)、山川浩正(ベース)、栃木孝夫(ドラム)。代表曲は「星のラブレター」(1989年)、「島唄」(1993年)、「風になりたい」(1995年)など。結成から解散までの28年間、数回の活動休止はあったものの、一度もメンバーチェンジがありませんでした。バンド名は「常に流行に左右されず自分たちの音楽を貫いていけるように」という逆説から、宮沢が命名したものです。1980年代後期のバンドブームの中、跳ねたり踊ったりステージから客席に飛び込んだりする派手なパフォーマンスで人気を博しました。

経歴

結成〜ホコ天時代(1986年〜1988年)

山梨県出身の仲間で1986年11月に結成。1987年7月26日、原宿のホコ天でライブ活動を始め、1988年12月18日にソニーのオーディションに合格しました。

デビュー〜1度目の活動休止(1989年〜1992年)

1989年5月21日にシングル『君はTVっ子』とアルバム『A Peacetime Boom』を同時発売してメジャーデビュー。9月5日には、全国のレコード店で集めた「THE BOOMに来てほしい」という署名をもとに、署名の多かった場所でライブを行う初の全国ツアー「署名ライブ」を開始しました。12月1日に2ndアルバム『サイレンのおひさま』とシングル「気球に乗って」を同時発売しています。

1990年1月30日から「サイレンツアー」を開催し、7月26日にはホコ天ライブからちょうど3年のこの日に初の日本武道館公演「いつものボクたちが、いる。」を実施。武道館の中央にセットを組み、約11,000人のファンが周りを囲みました。9月発表の3rdアルバム『JAPANESKA』が転機となり、音楽性の幅を広げていきます。

1991年3月にはアマチュア時代の楽曲を再アレンジしたミニ・アルバム『D.E.M.O.』を発表。1992年1月22日には、後の代表曲「島唄」を収録した4thアルバム『思春期』を発売しました。8月8日の大阪「夏祭り'92」を最後に年内の活動を休止し、メンバーはソロ活動へ。宮沢はシンガポールのミュージシャン、ディック・リーの誘いでミュージカル「ナガランド」に出演してアジア各国を回り、この経験が翌年のアルバム『FACELESS MAN』の下地となりました。9月21日に初のベスト・アルバム『THE BOOM』を発売、12月12日にはシングル「島唄(ウチナーグチ・ヴァージョン)」を沖縄限定で発売。泡盛のCMタイアップや沖縄ブームを追い風に、人気に火がつき始めます。

活動再開〜2度目の活動休止(1993年〜1997年)

1993年2月25日にツアー「気に入った曲ができたから」で本格復帰。6月21日に「島唄(オリジナル・ヴァージョン)」を全国発売し、150万枚を超える大ヒットとなりました。12月31日には第35回日本レコード大賞で「ベストソング賞」を受賞し、第44回NHK紅白歌合戦にも出場して「島唄」を歌唱しました。

1995年3月24日に「風になりたい」をシングルカットしヒット。8月26日には沖縄戦終結50周年にあたり、一般公募の歌詞に宮沢が曲をつけた「太陽アカラ 波キララ」を那覇市主催のイベントで披露し、沖縄限定でシングル化されました。1996年5月には初の海外公演としてブラジル3都市で4公演を行い、1997年1月にフランス・カンヌの国際音楽見本市(ミデム)、7月10日にスイスのモントルー・ジャズ・フェスティバルに出演。これを最後にグループとしての活動を休止し、各自ソロ活動に入りました。

ソロ活動〜「島唄」のリバイバル・ヒット(1998年〜2003年)

1998年3月、宮沢が長野パラリンピック開会式でテーマソング「旅立ちの時」を歌唱。6月29日には閉鎖を控えた日清パワーステーションの記念ライブに飛び入り出演し、3曲を演奏しました。11月にはニューアルバム制作のため再集結しています。

1999年4月28日にシングル『月に降る雨』で活動を再開し、5月に大阪城ホールと日本武道館でデビュー10周年記念ライブ「いつものボクたちが、いる。1999」を開催。同年、ソニー・ミュージックから東芝EMIへ移籍しました。2001年10月には自身で立ち上げたレーベルから「神様の宝石でできた島/島唄」をリリースしています。

2002年4月頃、アルゼンチンでマルチタレントのアルフレッド・カセーロが「島唄」を日本語のままカヴァーして大ヒットしているというニュースが伝わりました。5月22日に復刻版「島唄 Shima Uta」をソニーミュージックからリリースし、2002 FIFAワールドカップでアルゼンチンの応援歌となったことも後押しして、10万枚を売り上げるリバイバル・ヒットとなりました。2003年8月6日には29thシングル「風になりたい (Samba.Novo)」を発売しています。

デビュー15周年〜GANGA ZUMBA(2004年〜2008年)

2004年5月、大阪城ホールと日本武道館でデビュー15周年記念ライブ「ありがとう」を開催。2005年8月には過去のアルバム12枚をデジタル・リマスタリングとボーナストラック付きで再発しました。2006年から2007年はTHE BOOMとしての活動はなく、宮沢は新バンドGANGA ZUMBAを結成し、2007年4月に1stアルバム『Um』を発表。2006年には「島唄」が中学校の英語の教科書に採用されました。

2008年5月21日、宮沢の弾き語りライブにシークレットゲストとしてメンバーが登場し、2年半ぶりに全員が揃いました。9月15日には横浜赤レンガパークでの「10,000 SAMBA!〜日伯移民100周年記念音楽フェスタ〜」に出演、レコード会社がavexに変わったことも発表。12月31日には第59回NHK紅白歌合戦の「ブラジル移民100周年」企画に「宮沢和史 in ガンガ・ズンバ&ザ・ブーム」名義で出演しました。

デビュー20周年〜25周年・解散(2009年〜2014年)

2009年、デビュー20周年を記念して正式に活動を再開。5月20日に約6年ぶりのシングル『夢から醒めて/All of Everything』とベスト・アルバム『89-09 THE BOOM COLLECTION 1989-2009』を同時発売し、5月23日に大阪城野外音楽堂、5月30日に日比谷野外大音楽堂で記念ライブを開催。7月9日からは全国ツアー「My Sweet Home」を行い、10月7日に約5年半ぶりのアルバム『四重奏』を発売しました。

2010年9月29日にはコラボ企画三部作の第一弾「蒼い夕陽」をGO!GO!7188のユウと共演して発売。2011年3月2日には石川さゆりとのコラボシングル『暁月夜〜あかつきづくよ〜』を発売し、8月27日に山梨県甲府市で約3,500人を集めた野外フリーライブ「よっちゃばれ」を開催しました。2013年によしもとアール・アンド・シーへ移籍し、3月20日に「島唄」発売20周年記念シングルを発売しました。

2014年3月31日、公式サイトで12月いっぱいでの解散を発表。5月21日にデビュー25周年記念シングルとして「星のラブレター」を再録音して発売し、9月17日にはアルバム『THE BOOM HISTORY ALBUM 1989-2014〜25 PEACETIME BOOM〜』を発売。9月19日から最後の全国ツアー「25 PEACETIME BOOM」を行い、12月17日に日本武道館でのラストライブ「THE BOOM FINAL 20141217」をもって解散しました。

解散後

2016年3月31日に公式ウェブサイトと公式Facebookページが閉鎖。2017年5月24日にはJ-POPコンピ「エース」7inchプロジェクト第3弾として「風になりたい」のアナログ・シングルが発売されました。宮沢は解散前後を通じてソロ活動を行い、矢野顕子、小泉今日子、夏川りみらに楽曲を提供しています。

音楽性

1990年代初頭まではオーソドックスなロック・バンドでしたが、1990年のアルバム『JAPANESKA』を転機に音楽の幅を広げました。初期は陽気で軽快なスカ、90年代前半は沖縄、中盤はブラジル、のちには歌謡曲と変遷し、スカ・ロック・フォーク・沖縄民謡の要素を生かして独自の世界を築きました。作詞・作曲は主に宮沢が手がけ、沖縄音楽に触発されて沖縄の曲だけで構成したアルバム『OKINAWA -わたしの島-』(2002年)も発表しています。ライブの前座では、架空のバンド「ほるすたいんづ」として演奏するユーモラスな一面もありました。