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Tsuyoshi Nagabuchi

Tsuyoshi Nagabuchi

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概要

長渕剛

概要

長渕剛(ながぶち つよし)は、1956年9月7日生まれ、鹿児島県日置郡伊集院町(現・日置市)出身のシンガーソングライター、俳優です。1977年、シングル『雨の嵐山』でビクター・レコードからデビューしました。『乾杯』『とんぼ』『しゃぼん玉』などのヒット曲で知られ、『家族ゲーム』『親子ゲーム』『とんぼ』『RUN』などのドラマや、『オルゴール』『ウォータームーン』『英二』などの映画に主演した俳優としても広く知られています。英語圏の資料では詩人、人権擁護活動家としても紹介され、全世界で2000万枚以上のレコードを売り上げたとされています。妻は女優の志穂美悦子です。

経歴

デビュー前

警察官の父のもとで長男として生まれ、幼少期は病弱で喘息の発作を起こすことがありました。中学までは橋幸夫、舟木一夫、西郷輝彦の「御三家」など歌謡曲を聴いていましたが、鹿児島南高校1年の秋に鹿児島市民会館で吉田拓郎のステージを観て衝撃を受け、シンガーを志しました。15歳でナイロン弦ギターを購入し、1973年に大学祭の前座で初舞台を経験、1974年には友人と「T&Tグループ タケシとツヨシ」を結成します。1975年に九州産業大学へ進学し、「永渕剛」の芸名で場末のバーでオリジナル曲を歌い続けました。ビール瓶や灰皿が飛ぶ過酷な環境でしたが、本人はここで根性が鍛えられたと述べています。その後ライブハウス「照和」での活動も本格化しました。

デビューと再デビュー

1976年、第12回ヤマハポピュラーソングコンテストに出場し『雨の嵐山』で入賞。1977年2月25日、同曲でビクター・レコードからデビューしました(当時の読みは「ながぶち ごう」)。しかしレコード会社の歌謡曲志向と自身の志向とのギャップに悩み、売れないまま福岡に戻って大学も中退しました。1978年夏に吉田拓郎と初めて会って励まされ、再び上京。第15回ポプコンで『巡恋歌』が入賞し、10月5日に東芝EMIから同曲で再デビューしました。芸名の読みも「ながぶち つよし」に戻り、年末から南こうせつや庄野真代らとコンサート活動を本格化させました。

1979年〜1980年

1979年3月5日、初のオリジナルアルバム『風は南から』をリリースし、吉田拓郎が所属するユイ音楽工房へ移籍しました。7月には愛知県篠島での吉田拓郎のコンサートにゲスト出演し、厳しい反応を受けながらも歌い切って大きな喝采を浴びました。同年、ニッポン放送『オールナイトニッポン』のパーソナリティも務め、11月29日の新宿厚生年金会館でのワンマンコンサートはチケットが3時間で完売しました。1980年6月、アルバム『逆流』の収録曲だった「順子」がシングルカットされ、8月にオリコン1位を獲得、トップシンガーの仲間入りを果たしました。また「乾杯」は友人の結婚式のために書かれた曲で、アルバム曲として徐々に全国に知られていきました。

1981年〜1980年代半ば

1981年3月23日から全国ツアー『LIVE'81』(全49か所)を開始し、このツアーから初めてバックバンドを付け、ピアノ弾き語りやバンジョー、エレキギターなど新たな試みを披露しました。同年8月に石野真子と結婚しましたが、1983年に離婚しています。1982年6月、日比谷野外音楽堂で自身初の野外公演『SUPER LIVE IN HIBIYA』を開催し、11月には初の日本武道館公演を行いました。1983年7月には西武ライオンズ球場で2万人を集めたコンサートを開き、ライブアルバム『SUPER LIVE IN 西武球場』をリリース。同年、初主演ドラマ『家族ゲーム』が放映され、主題歌『GOOD-BYE青春』を発表して俳優活動も本格化しました。1985年の『HUNGRY』ツアーは過労のため中断し、残りの公演が中止となりました。1986年にはギター弾き語りのアルバム『STAY DREAM』を発表し、センターステージ形式のツアーを行いました。

1987年〜1990年代

1987年、アルバム『LICENSE』で第29回日本レコード大賞アルバム大賞を獲得。同年8月に志穂美悦子と結婚しました。1988年には『乾杯』を新録してミリオンセラーとなり、6月に初めて東京ドームでコンサートを開催。ドラマ『とんぼ』の主題歌『とんぼ』もミリオンセラーとなりました。1989年にはアルバム『昭和』がミリオンセラーとなり、映画『オルゴール』『ウォータームーン』(原案・監督も兼任)が公開されました。ドラマ『とんぼ』『うさぎの休日』の演技で第26回ギャラクシー賞・選奨を受賞しています。1990年12月31日にはNHK紅白歌合戦に初出場し、ドイツ・ベルリンからの生中継で3曲を歌いました。英語圏の資料によれば、1987年の『License』から1993年の『Captain of the Ship』まで6作のスタジオアルバムがオリコン・アルバムチャートで1位となり、1991年の『Japan』は100万枚を超えて最も成功した作品となりました。

2000年代以降

代表的なアルバムに『家族』(1996年)、『Keep on Fighting』(2003年)、『Stay Alive』(2012年)があり、シングル「卒業」(2009年)、「Try Again For Japan」(2011年)、「ひとつ」(2012年)なども発表しています。2013年に「未来」、2014年に「走る」「明日へ続く道」、2017年にシングル「Black Train」とアルバム『BLACK TRAIN』、2018年に「Don’t Think Twice ~桜並木の面影にゆれて~」「Amen」、2019年に「Orange」、2022年に「REBORN」、2023年に「OH!」を発売しました。2024年4月にシングル「黒いマントと真っ赤なリンゴ」、5月にアルバム『BLOOD』、2025年4月にシングル「HOPE」をリリースしています。

音楽性

吉田拓郎らフォークシンガーへの憧れから出発し、初期のアルバムではスタンダードなフォークスタイルからの脱却を試みました。自分の声を嫌い、焼酎でうがいをして意図的に荒い声で歌ううちに、尊敬するボブ・ディランのようなハスキーな声になったとされます。「僕の曲は、すべて体験から来ています」と語り、強いメッセージ性が評価されました。シンガーソングライターとして自ら作詞作曲を手掛け、俳優、画家としても幅広く活動しています。

ディスコグラフィー

JUST ONE

JUST ONE

single•2026

6 tracks

7 NIGHTS SPECIAL in ARENA 2025 (Live at K-Arena Yokohama,2025)

7 NIGHTS SPECIAL in ARENA 2025 (Live at K-Arena Yokohama,2025)

album•2026

19 tracks

HOPE

HOPE

single•2025

1 tracks

BLOOD

BLOOD

album•2024

10 tracks

黒いマントと真っ赤なリンゴ

黒いマントと真っ赤なリンゴ

single•2024

1 tracks

OH!

OH!

single•2023

1 tracks

REBORN

REBORN

single•2022

1 tracks

Orange

Orange

single•2019

1 tracks

Amen

Amen

single•2018

1 tracks

Don’t Think Twice ~桜並木の面影にゆれて~

Don’t Think Twice ~桜並木の面影にゆれて~

single•2018

1 tracks

リンク