JPOP.WIKIJPOP.WIKI
Yumi Arai

Yumi Arai

kayokyokucity popj-pop
648.7K followers
Popularity: 54

概要

荒井由実(松任谷由実)

概要

松任谷由実(まつとうや ゆみ、1954年1月19日生まれ)は、日本のシンガーソングライター、作詞家、作曲家、ピアニストです。愛称は「ユーミン」。1972年に荒井由実の名でデビューし、1976年の結婚を機に松任谷由実へ改姓しました。他のアーティストへの作品提供ではグレタ・ガルボをもじったペンネーム「呉田軽穂」を使うこともあります。夫はアレンジャーの松任谷正隆で、自身の音楽プロデューサーも務めています。

2013年春の褒章で紫綬褒章を受章し、2022年度にはシンガーソングライターとして史上初の文化功労者に選出されました。オリコンアルバムチャートで1970年代から2020年代まで6年代連続1位を獲得し、2023年に「日本のアルバムで1位を連続で獲得した最多デケイド数」としてギネス世界記録に認定されました。総売上枚数は4,000万枚を突破しています。

来歴

生い立ちと作曲家デビュー

八王子の呉服屋「荒井呉服店」(1912年創業)に生まれ、6歳からピアノ、11歳から三味線、14歳からベースを始めました。中学時代から港区麻布台のイタリアンレストラン「キャンティ」に出入りし、ここに集まった人々からアルファレコードが生まれ、デビューのきっかけとなりました。立教女学院時代にはプロコル・ハルム「青い影」に衝撃を受け、御茶の水美術学院ではランボーやプレヴェールに親しみました。愛称「ユーミン」は14歳の頃、シー・ユー・チェンが呼び始めたことに由来します。

1971年、加橋かつみに「愛は突然に…」を提供し、17歳で作曲家としてデビューしました。1972年4月に多摩美術大学に入学し、アルファミュージックと契約しました。

荒井由実時代(1972〜1976年)

当初は作曲家志望でしたが、アルファレコード創設者の村井邦彦の勧めで、1972年7月5日、かまやつひろしプロデュースのシングル「返事はいらない」で荒井由実としてデビューしました。同作は300枚ほどしか売れませんでした。

1973年11月、キャラメル・ママ(細野晴臣、鈴木茂、林立夫、松任谷正隆)らと録音したファーストアルバム『ひこうき雲』を発表しました。表題曲は2013年の映画『風立ちぬ』の主題歌にも使われています。TBSラジオ「パックインミュージック」の林美雄の後押しで知名度を上げ、1974年4月から本格的にステージ活動を開始し、デビューコンサート「FIRST IMPRESSION」を開催しました。同年10月に『MISSLIM』とシングル「12月の雨」、1975年2月に「ルージュの伝言」をリリースしました。

1975年にはハイ・ファイ・セットの「卒業写真」、バンバンの「『いちご白書』をもう一度」がヒットし、作家として注目されました。6月には山下達郎、吉田美奈子、大貫妙子らが参加した『COBALT HOUR』を発表。10月のシングル「あの日にかえりたい」はTBSドラマ『家庭の秘密』の主題歌となり、自身初のオリコンシングル1位、1976年の年間シングルランキング10位を記録しました。これを機に過去作の売上も伸び、1976年の初のベストアルバム『YUMING BRAND』は初のアルバム1位となりました。同年3月に「翳りゆく部屋」、11月に荒井由実期最後のアルバム『14番目の月』を発表しています。

松任谷由実時代(1976年〜)

1976年11月29日、松任谷正隆と横浜山手教会で結婚し、松任谷由実として活動を続けました。1978〜80年のアルバム売上は10〜20万枚にとどまりましたが、「埠頭を渡る風」「青いエアメイル」「DESTINY」「恋人がサンタクロース」などの名曲が生まれました。1978年から1983年は毎年2枚のオリジナルアルバムを発表し、リゾートでのコンサートスタイルも確立しました。

1981年6月のシングル「守ってあげたい」が年間10位のヒットとなり、アルバム『昨晩お会いしましょう』から1997年の『Cowgirl Dreamin'』まで17作連続でオリコン1位を獲得しました。1987年『ダイアモンドダストが消えぬまに』、1988年『Delight Slight Light KISS』(159万枚)と売上が急伸し、1990年の『天国のドア』は日本人アーティストのアルバムとして初めて出荷200万枚を突破しました。1980年代後半から1990年代半ばに8作連続でミリオンセラーを記録し、1994年の『THE DANCING SUN』は自身最高の217万枚を売り上げました。シングルでは「真夏の夜の夢」「Hello, my friend」「春よ、来い」などがミリオンとなっています。1980年代には映画『私をスキーに連れてって』の主題歌・挿入歌を担当し、三菱自動車のCMにも楽曲やイメージが起用されました。

コンサートは1979年以降大規模化し、本物の象を登場させた「OLIVE」、マジックの「MAGICAL PUMPKIN」、エレベータを設置した「BROWN'S HOTEL」、噴水ショーの「SURF & SNOW」、30メートルの竜に乗った「水の中のASIAへ」など、演出が年々進化しました。

1996年には荒井由実名義でセルフカバーシングル「まちぶせ」を発表し、旧友と「Yumi Arai The Concert with old Friends」を開催しました。1998年のベストアルバム『Neue Musik』は380万枚で自身最高の売上となりました。1999年にロシアのサーカス団と組んだ「シャングリラ」を開催し、2003年にII、2007年にIIIで完結。総制作費は120億円以上、総動員は100万人に達しました。

2000年代以降

2005年、愛・地球博の閉幕コンサートで「松任谷由実 with Friends Of Love The Earth」を結成し「Smile again」を発表、紅白歌合戦にも出演しました。2011年にはNHK『SONGS』の企画で「(みんなの)春よ、来い」をデジタル配信し、収益を東日本大震災の被災地に寄付しました。2012年のベストアルバム『日本の恋と、ユーミンと。』はミリオンセラーとなり、累計売上は3,000万枚を突破、日本のソロ歌手・女性歌手として初の快挙でした。2013年にEMIミュージック・ジャパンの合併に伴いユニバーサルミュージックへ移籍し、同年紫綬褒章を受章、「ひこうき雲」がシングルとしてもリリースされました。2015年に石川県観光ブランドプロデューサー、2017年に東京都参与会議(東京都芸術文化評議会)委員に就任し、世田谷区名誉区民でもあります。2022年9月にはシングル「Call me back」を発表しました。

音楽性

プログレッシブ・ロックやヨーロッパのポップスの影響を取り入れ、フォークが主流だった当時の日本の音楽界に、洗練された都会的な感性を持ち込みました。日常の感情を直接的に表現するのではなく、叙情的・詩的な歌詞と都会的な情景描写が特徴で、『COBALT HOUR』がその音楽語法の最初の結実とされています。歌謡曲、シティ・ポップ、J-POPを横断する幅広い音楽性、独特の歌声、大規模な演出のライブでも知られています。

ディスコグラフィー

Call me back

Call me back

single•2022

1 tracks

ひこうき雲

ひこうき雲

single•2013

1 tracks

まちぶせ

まちぶせ

single•1996

1 tracks

14番目の月

14番目の月

album•1976

10 tracks

YUMING BRAND

YUMING BRAND

album•1976

10 tracks

翳りゆく部屋

翳りゆく部屋

single•1976

2 tracks

あの日にかえりたい

あの日にかえりたい

single•1975

2 tracks

COBALT HOUR

COBALT HOUR

album•1975

10 tracks

ルージュの伝言

ルージュの伝言

single•1975

2 tracks

MISSLIM

MISSLIM

album•1974

10 tracks

リンク